会長挨拶

 

令和6年2月27日に開催された一般社団法人日本大ダム会議平成6年度定時社員総会およびその後の理事会において、この度、杉山前会長の後任の代表理事に選任され、第15代日本大ダム会議(以下、JCOLD)の会長を務めさせていただくことになりました。歴史と伝統のある本会議の運営にかかわることを大変な名誉に感じると共に、国内外のダムをめぐる情勢が大きく変化する中、身の引き締まる思いが致しております。

さて、国内のダム情勢ですが、ここ数年の立て続くダム操作のパラダイム変化には目ざましいものがあります。昨今の豪雨の激甚化・頻発化に伴い、利水のために貯留していた水を事前に放流し、ダムの治水能力を増大させる「事前放流」の取組を皮切りに、「降雨予測を用いたダム運用」を試行し、さらに続いて、カーボンニュートラルの実現のため、ダムの治水機能の強化と水力発電の促進を両立させる「ハイブリッドダム」に取組んでいます。

豪雨に向き合った、この一連のダムへの働きかけで思い起こすのは、太田昭宏元国土交通大臣の「日本の水思想」についての講演(2014年世界の水の記念式典「水とエネルギーのつながり」)です。(以下、概略)~水災害や地震などの自然災害が頻発する我が国では、人の力では制御できない自然の力を目の当たりにして、「無常」や「常住」の思想が生まれてきました。13世紀に、鴨長明が「方丈記」で、当時続けて起こった地震、洪水、渇水で一瞬のうちに多くの命が奪われる悲惨な状況を憂い嘆き、この世の人と住まいを川の流れや泡になぞらえ、世の中に存在するものは絶えず移り変わっていく「無常」な存在であるとしました。一方、人は毎日の暮らしや将来の姿を考える際には、「無常」という概念を否定し、常にそうあってほしいという願望意識で「常住」を追い求めます。日本人は厳しい自然の中で中庸を見出し、長い歴史の中で経験と技術を積み重ね、水との折り合いを学び、我が国の水文化を築いてきました。「水とエネルギーとのかかわり」においても、「無常」の彼方に「常住」を求めるのではなく、「無常」の中に「常住」を実現すること、つまり「無常」の中に「常住」の交差する中庸を模索して豊かな暮らしへの道を歩んできました。~ 先の一連の取組は、経験と技術に基づいた新たな中庸を模索するダムを介した水との新たな折り合いの付け方であり、日本の水文化の歴史の新たな一ページであります。

一方で、新たな折り合いにはダムの機能が健全であることが前提ですが、気候変動による豪雨の激甚化は、ダムの堆砂問題も顕在化させています。これまでは想定以上に堆積した土砂を除去する「マイナスをゼロに戻す」対策でありました。しかし、2018年西日本豪雨や2019年台風19号など、治水容量のみならず全貯水容量でも治水管理には不十分な時代が到来しました。気候変動により「ゼロをプラスにする」堆砂対策に迫られるという新たな水との折り合い方が求められています。

かかる状況下、絶好のタイミングで京都大学防災研究所の角哲也教授が国際大ダム会議(以下、ICOLD)の副総裁に就任されました。皆様もご存じのように、先の一連のダムへの働きかけを技術面で主導されたのも角教授であります。角教授は副総裁就任に当たり、「運用高度化を含む『ダムの再生』と堆砂対策を含む『流砂環境の再生』で世界をリードする」と述べられました。日本の新たな水文化で世界をリードしようとする思いともとれました。角教授の主導で立ち上がったJCOLD技術委員会「ダムの効用増大および流域環境向上のためのダム再開発事例分科会」は無論、副総裁3年間の任期中、存分にご活躍いただくため、JCOLDとして最大限のサポートを行っていく所存であります。

ICOLDとの関係では、その他にもミッションがあります。

一つめは、世界のダムの最新情報やICOLDでの議論の情報提供です。

昨今、地震、洪水、さらには戦争によるダムの決壊事故が世界で立て続いています。このような海外のダムに関する最新情報の収集・提供は、会員の皆様の関心が非常に高く、JCOLDの重要な役割です。現在、ICOLDでは、ダムのリスク評価、ダムの安全に係る働きかけなどのダムの安全が大きなテーマとなっています。2023年のウクライナのカホフカ発電所ダムの決壊でも、その半年以上も前にICOLDは、破壊の懸念の報にいち早く反応し「ダムは平和と発展をもたらす施設であり続けるべき」との会長声明を発出しました。このようなICOLDの話題もリアルタイムでお伝えしていきたいと思います。

二つめは、ICOLDを通じた海外とのダムに関する技術協力です。

コロナ開けの本格参加となった昨年の年次例会(スウェーデン)において、早速、アルバニア大ダム会議より技術協力についてのMOUの締結依頼がありました。今後も、技術協力の要請は多くなっていくことが想定され、その要請に応えていくことも大きな役割です。

国内ではダム技術の維持、伝承などを心配する声がありますが、これらの要請は我国のダム建設技術レベルの高さの証左でもあります。台形CSGダムの設計・施工、既設ダム再開発、堆砂対策、重機作業の自動無人化といった近年新たに開発されたダム技術も世界に誇る技術であり、災害抵抗力を有する地産地作のCSG工法、自動無人化技術などは他工種、災害現場への適用・応用をも可能な技術であります。最近では、ラオスのナムニアップ1水力発電事業で、プロジェクトファイナンスにより大ダム建設のみならず住民移転・運転・維持管理・売電も含めた総合的な技術力を海外で実証しました。一方、日本が関わってきた海外のダム事業は世界全体で約90基あり、そのうち3分の2は東南アジアにあります。加えて、竣工年が20年以上のダムが既に半分を占め、今後国内ダムと同じような維持管理、再生への道を歩むことになる可能性が大いにあります。このような潜在需要にダム技術の強みを生かしたダムプロジェクト参入をも視野に、各国との技術協力に取り組んで参ります。

三つめは、ICOLDでの活動です。

コロナが明けた久々のスウェーデン年次例会での論文発表や技術展示会で奮闘される若い方々の姿に日本のダム技術の希望を感じました。ダムという共通言語の下での国際的な他流試合でもあるICOLDの場は、若い方々にとって実力を試し鍛える格好の場でもあります。会員の皆様に積極的にご参加いただけるよう情報提供、各種活動に努めて参ります。また、豊富な経験を有し、高い技術力を有する会員の方々には、ICOLDの各種技術委員会に国際委員としてダム技術の国際交流とともにダム設計基準の作成など多くの活動を行っていただいております。技術委員会における日本の各種技術基準の普及、国際標準化は海外市場へ参入しやすい環境づくりにもつながります。かかる観点でも技術委員会の活動支援に努めて参ります。

最後に、杉山前会長の下、準備を進めてきた第12回東アジア地域ダム会議(EADC 名古屋)が目前に迫っております。関係官庁、会員各位、学術団体、関連業界等の多くの皆様のご協力を頂きながらEADC名古屋が成功するよう全力を尽くす決意であります。関係者皆様の一層のご支援、ご協力をお願いする次第です。

結びに、浅学菲才な私ですが、できる限りの努力をして参る所存です。国土交通省、農林水産省、経済産業省をはじめとする関係各機関ならびに杉山前会長、押味副会長、多田副会長、光成副会長はじめとする理事、会員各位におかれましては、何卒ご指導、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。

会長 平井秀輝

 

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